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マタ・壊れた(笑)

いらっしゃいませ


今日の気温は17℃~21℃
午前中は、プールへ行ってきました

「あのね、マタが壊れて ?」左の股関節が痛んでアーン
(一週間前から痛かった)


痛かったけど、もらっていた痛み止めで、クロールや背泳ぎは出来たし
歩いても痛くない


でも、薬が切れたのです


仕方がない、病名を頂きに行くか?病名が出ないと薬はいただけない
とぼとぼ・・・行きました~足を直していただいた病院です。



IMG_6763.jpg



X線写真を見ていただきました

「今度は、どうしたとね」院長
「平泳ぎかも~」私

「よか、骨は折れてない、泳ぎに行きなさい」
「痛み止めと筋肉を軟らかくする薬を出して置く」


続けて
「うちの新一年生を教育してもらって、ありがとう (*^▽^*)」

[?]私


間をおかずにこの意味が私にはわかりました
Drは私にだけわかる笑顔で、ありがとうと言われたのです
(多分、そばにいたNsさんには通じないでしょう)


この話の始まりは、この病院の開院が始まりです


開院時の職員として、お声がかかっていたのです・・・が
あの頃は、私もまだ若かった ( - -)トオイメ...


子供3人を育てながら、通信で高校を卒業して、もう一つやる気を起こして
看護の専門学校へ進学していました

小さな病院へのお誘い・・・


その時の私は
冗談じゃない、私はこれから、Nsを教育して
看護論文を書きたいのよ~
(これは、院長には話していないですが、のちにこの病院の職員が実習に来ました )


丁寧にお断りをしましたが、気持ちはこんなところにありました。

その後に、学校を卒業するのを待たれているという話も聞きました


でも、私は、そのままそこに残り、最後の10年は
教育にも関係し、論文も書いてきました
(その論文は専門誌に乗りました、20年ほど前の話です)



その論文を書いた後で、私は、パソコン遊びの為に(笑)通信専門学校へ入学しました。


2000年、個人的にはパソコンは少し勉強をしていましたが
通信の学校での生活(勉学)は、そりゃぁ~大変でした

おもちゃ箱が頭の上からひっくり返ってきたような~
(でも、その傍ら、身体的には薄皮が一枚づつはがれていくように、体が楽になりました)


通信のまんず最初は数学や電気、まぁ~いろいろ科目がありました
みな、看護とは無関係で(o^^o)ふふっ♪ 

中でも、一番に難しかったのは、A4一枚のプログラムを一時限で入力する
それがァ~出来ないで毎日、残りは自宅学習・・・
(当時は、家に一人だったので、良かったです)


が、炬燵に座り込んで、入力を始めると、力が入って・・・
まんじりともせず、ローマ字を打ち続ける・・・ε=(・o・*) フゥ


腰痛が出て、この先生との再会の始まりはこの時からです


「腰が痛い」「膝が痛い」・・・(私)
そのたびに「今度はどうしたたとね」(Dr)


いつも同じ口調です(^O^)

「いつまでも若いと思うてから~年をとりよるとバイ」


そんな感じで、時々お世話になっていました・・・が
水泳を始めてから、腰痛・ひざ痛・肩痛、始まった時だけの治療で後は

水泳で、痛みはなくなってしまいました。







「ありがとう」との関わりは、足の骨折にありあります。

私は、病院では、誰にでも敬語で会話し、若いNsにも、当然敬語です。
(私が、元Nsなんて、院長以外は知らない筈?です)


骨折が「治らないかもしれない」と言われたときから~超音波の治療が始まりました
超音波の治療器を足に張り付けてくれるのは、いつも若いNs


治療が済むと、小さなギプスを当てて、包帯を巻きます

この時に、「すみません、包帯は私に任せてください」といって
ギプスを張り付ける時だけ、「ここ・ここ、そして中央に一本、テープをお願いします」

と、手伝ってもらって、骨がぴったり密着するように巻きました



暫くして
「上手になりましたね、包帯の巻きかた」Ns(誉められました)
「大分、長いこと巻いていますからねぇ~」私



こんな日々が続き、私の骨さんはピタっと、くっついてくれました。


院長室は、治療の場所の前にあります
多分、私たちの会話は、毎日耳に入っていたでしょう


(院長は、中で笑っていらっしゃったのじゃないかしら)



足の治療は、娘さん(女医)さんがされたので~院長とは今回は久しぶりです。









私は、御誘いを断って・・でも、近くに住んでいるので、遠回りをするようなことをしてはいけない
例え高齢になっても、「ヤッパリ、ここに欲しかったな」と思ってもらえるような人でありたい

と、思いながら、時々お世話になっていました(どこかに、申し訳ないと思いながら~)



でも、今回の「ありがとう」で、胸のつかえが下りました。



今なら~「もういらない」
「あ・そうですか (^^)、同い年ですものね」(*^-゚)vィェィ♪










若くて、楽しい時代もありました
今日は、私たちはお墓の話をしました

私のお墓は、長男たちが場所を決め
次女と長男の住む家の中間点にあります
車がなければ、とっても大変な位置にあります


明日、植えっぱなしにするお花を植え替えに行きますが


これからが二人の話


「車がなくなったら、とてもいけないところね~」



「その時には、一番近い公共機関を探して、そこからタクシーね」と決まり~



「でも、私が先だったら、あなたは来ないよ~、「あの人は、千の風になって、アチコチうろついてる
もしかしたら~「そこらにいるかもしれないよ~テ」私


返事は (⌒▽⌒)アハハ!


最後まで、お付き合いありがとうございました。

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プロフィール

和

Author:和

自助努力で、健康状態が大きく変わる世代、人生を、明るく・楽しく・笑顔で過ごしたいと頑張っています。
花に語り、亀に語り、独り言の多い人生です。

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