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思い出

ガーデニング万年初心者でも、この季節になると少しづつ春の支度が始まります。


 はパンジー、これから6月くらいまで、少しづつ成長しながら


咲き続けます、花がら摘み・施肥を怠らなければ、寒い冬でも、耐えることが出来ます


 



 


ですが〜毎年この季節には、私には嫌なアレルギー症状が出ます


今は、くしゃみ・鼻水・・・


アレルギーの薬を飲んでも〜〜〜体がだるいだけ


今日は〜すったり〜です


 


午前、亀千代に促されて、庭の草取りで、散歩のお付き合い


何と体の重いこと、タダでさえ重いのに〜


 


それでも、動けば動くだけ庭が綺麗になります


狭い庭ですが、雑草は際限なく出てきますから、仕事は耐えませんね


 


 




 


一番はじめは 一宮          二また日光 東照宮


 三また佐倉の 宗吾郎        四はまた信濃の 善光寺


 五つは出雲の 大社         六つ村々 鎮守さま


 七つ成田の 不動尊(不動さま)  八つ八幡の 八幡宮


 九つ高野の 弘法様(弘法さん)  十でところの 氏神さん
                                                                 (十は東京 心願寺)


 
 


 これほど神願 かけたのに      浪子の病は なおらない


 ゴーゴーゴー となる汽車は     武夫と浪子の 別れ汽車


 二度と逢えない 汽車の窓      鳴いて血をはく ほととぎす


   三月三日わらびとり          武夫は浪子の手を引いて


 浪ちゃんこけるなあぶないよ     心配なさるな武夫さん


 武夫がボートに移るとき        浪子は白いハンカチを


 振り振り振ってねえあなた       早く帰って頂戴ね


 父は陸軍中将で             中将に生まれた浪子嬢


 鹿児島武夫と生き別れ         ああなさけなや汽車の窓


 


上の歌詞はお手玉をする時などに歌ったものです。


中に出てくる武夫と浪子は、この話の中の人物です


 




小説 『不如帰』(ほととぎす)は
明治31年(1898年)から32年(1899年)にかけて国民新聞に掲載された
徳富蘆花の小説。のちに出版されてベストセラーとなった。


片岡中将の愛娘浪子は
実家の冷たい継母、横恋慕する千々岩、気むずかしい姑に苦しみながらも
海軍少尉川島武男男爵との幸福な結婚生活を送っていた。
しかし武男が日清戦争へ出陣してしまった間に
浪子の結核を理由に離婚を強いられ、夫をしたいつつ死んでゆく。


浪子の
「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!」


は日本近代文学を代表する名セリフの一つとなった。


 家庭内の新旧思想の対立と軋轢
伝染病に対する社会的な知識など当時の一般大衆の興趣に合致し
広く読者を得た。


作中人物にはモデルが存在する。しかしベストセラーとなったが故に


当時小説がそのまま真実と信じた民衆によって
モデルとなった人物に事実無根の風評被害があった。



後にはこれを原作とした映画や演劇などの演劇作品が数多く制作されている。


 


【以上 ウィキペディア - Wikipedia 様から拝借したものです】


 


前置きがながくなりましたが


私は、毎年この花 ホトトギス が咲くたびに、この歌を思い出します


ホトトギスと言う花と、この不如帰は無関係だと思いますが


いつも連想をします。


 


 


今日は体が動かないので、昔を想ってみました


「泣いて血を吐くほととぎす」について


私は、浪子さんは結核の患者ですから


肺結核で、「喀血をした」と勝手に解釈をしています


yahoo で調べてみましたら以下のような文章がありました


(↓さま 勝手に拝借しました、すみません)



「杜鵑の吐血」という中国の故事が由来です。
概要は
「蜀」は古代中国、長江流域(四川省)で栄えたとされる国だ。
蜀といえば「三国志」の蜀が有名だが(3世紀、日本なら卑弥呼の時代)
それよりも千年以上も前に蜀という国があったという(それに関係したらしい三星堆遺跡が1986年に発掘され、多くの金器や青銅器などを出土、
黄河流域中原文化とは別の、中国特異な文化遺跡として大きな注目を集めた)。
 その蜀が荒れ果てていた時、杜宇という男が現れ、農耕を指導、蜀を再興した。彼は帝王となり、望帝と称した。


望帝杜宇は長江の氾濫に悩まされたが、それを治める男が出現
彼は宰相(帝王、補佐)に抜てきされた。
 やがて望帝から帝位を譲られ、叢帝となり、望帝は山中に隠棲した。
実は、望帝が叢帝の妻と親密になったのがばれたので望帝は隠棲したともいわれる。
 望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身した。
そして、杜宇が得意とした農耕を始める季節゜(春〜初夏)が来ると
そのことを民に告げるため、杜宇の魂化身ホトトギスは鋭く鳴くようになったという。
 
月日は流れて、蜀は秦(中国初の古代統一国家。始皇帝が建国)に攻め滅ぼされた。


それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。
 以上がホトトギスを不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄などと表記するゆえんだ。


ホトトギスは実際血を吐くことはないですが口の中が真っ赤であることとその時の泣き声がとても鋭く甲高い声なので血を吐いてもおかしくない様子から先の故事とホトトギスの姿を重ねて見ていたのだと思われます。


 



そして結核と言うと結核病棟7年勤務の私


結核内科・結核外科と、昭和31年から〜


結核の特効薬、パス・ヒドラジット・ストマイetcの出始め


この少し前から、少しずつ使われて、画期的に結核疾患が改善されてきました


この話なら〜、紆余曲折しながらエンドレスです。o(*^▽^*)oあはっ♪


甘い話は余り〜ありませんでしたが、私の青春時代のことですから。



 


 


 



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